蓮の葉ブログ

逢坂の蓮ちゃんが日々悶々としていることを書きなぐるブログ

moment

 

人生において1番誰にとっても平等であるものは時間である。

もし寿命が短い人や長い人は本当に平等なのですか?という質問が来たら私は反論できないけれど、私と同じ21歳を過ごす今こうして2020/06/27を過ごしている時間は平等である、という意味で捉えて欲しい。

時間は平等であると共にすごく残酷である。

感情は一時のものである、時間とともに感情は薄れていく、その薄れていくまでにかかる時間は人それぞれだけれど、必ず忘却はやってくる。また忘却と共に変化が訪れる。昔読んだ本を読み返す行為に意味があるのはこういうことがあるからだろう。でも私は読み返すことはしない、それはその時に感じた感情を忘れてしまうのが怖いからだ。物語や人の感情、伝えたいことを時間をおいて2回聞いてしまうと少なからず変化してしまう。それは影響を与える側が変わらなくても、受け取る私が変化してしまったからである。もし与える側が人間だった場合、与える側も変化している。だから、当時聞いた話をもう一度聞いても違う意味に聞こえてしまうことがあるかもしれない。

だからその瞬間の感情を大切にしなくてはならない。もうずっと永劫変わらない人なんか居ない、他人の影響を受けることが多い、そういう繋がる手段が増えてしまった現在では、他の人の影響が大きすぎる。変わらないままで努めても年齢を重ねて社会的立ち位置が変わると人間は変わってしまう、それは時として成功でもあれば残酷でもある。あと5年後私が何を思って何をしているのかは分からない。だから今の感情を大切にしなくてはならない。もう二度と私は人間の変化について考えることも無くなってあの子変わったよねって言われるまで気づかないことだってあるかもしれない。でも、あの子変わったよね、と発信している側も変わってしまっていて、なにがホントでなにが間違いなのかすら分からなくなってくる。変わらないことは無い、環境においても、世界においても、これから先、私はずっとバイトばかりして生活する訳にはいかないし、地球温暖化が進めば日本だって沈むかもしれない。ミサイルだって飛んでくるかもしれない。ありえない変化だって起こるかもしれない。不変であり続けることは無理だ。影響を与えられ与え続ける限り、社会的生活を送る限り、不変は無理だ、人間は嫌でも年老いていく、嫌でも死んでしまう。

だからその瞬間を、ずっと、ずっと、永遠のものにしないといけない。今あなたが抱いている感情も、今あなたがいる環境も、10年後、20年後続いてる保証はない。瞬間をどうすれば保存できるのかは分からない。けれど忘れてしまうことが1番怖いのではないかと思う。なるべく、鮮明に、ずっと覚えておくことが大切だと思う。それが、不変であることの代わりのことだと思う。あなたの今抱いている尊いものがそのまま価値あるものであることにするために、今のことを忘れてはいけない。

 

だから私はこうしてずっとブログを書くよ、面白くなくても、今の私が1番最高でしょう?という気持ちで。

二次関数の上に凸なグラフ的な人生ではなく最高点をずっといく横のグラフ。変化があったって、その瞬間に感じたことは全て本物だから、変わってしまったなんて思わなくていい、自分も変わってしまったし相手も変わってしまったんだ。ただただ、瞬間を大切に出来ずに昔が良かったと過去に縋るのは愚かだから、ずっと忘れないで心のシャッターにとめておく。それかブログをかく。